少し彫りの深い、日本人らしからぬ容姿。
瑠駆真はそれを、嬉しいと思ったことはない。
卑怯者っ!
耳の奥が、ジンッと響いた。同時に唇が、焼けるように熱い。
あの頃の僕だったら、あんなコトはできなかった。
触れた時の瞬間が蘇り、熱は全身を駆け巡る。
全校生徒の目の前で、君にキスをしてしまうなんて――――
瑠駆真は、後悔などしてはいない。むしろ思い出すたびに、嬉しさが湧き上がる。
だが、そうやって舞い上がっているのは、きっと瑠駆真だけなのだろう。この想いは美鶴に、まったく伝わってはいないようだ。
卑怯者っ!
僕を変えた一言。
僕を変えてくれた君。
君は、そんな人じゃあないはずだ。
今度は僕が、変えてあげたい。元に戻してあげたい。
なのに君は、わかってくれない。
僕が、こんなに想っているのに―――
瑠駆真は強く瞳を閉じ、そしてゆっくりと開いた。
彼女が再び笑ってくれるなら、どんなことでもしてあげたい。
手に握りしめていたコードレスの受話器に視線を落とし、登録された電話番号をコールする。
繋がるまでに数秒。やがて、二回コールで相手が出る。
「ルクマッ?」
少し上擦った声。
「……そうだよ。よく、わかったな」
「番号が出るんだ。珍しいな、そっちからかけてくれるなんて。嬉しいよ」
嬉しいよ、という言葉に、思わず口をギュッと引き締める。
外国人訛りの強い日本語で、相手の男性は言葉を続ける。
「どうしたんだ?」
瑠駆真は一度大きく息を吸い、ゆっくりと言葉を吐いた。
「お願いがあるんだ」
そうして再び窓ガラスを、そこに映る己の姿を見つめる。
その姿に、もっと年上の、落ち着きを備えた青年の姿が重なった。
負けるワケにはいかない
そう思ってしまって、思わず苦笑した。
―――張り合おうとしている。
相手は、争うつもりはないと言っている。その気もないと言っている。
だが、それでも瑠駆真は意識してしまう。
自分は、劣っていると思う。遅れていると思う。金本聡に対しても、霞流慎二に対しても――――
「どうしたんだ?」
沈黙してしまった瑠駆真を怪訝に思い、相手は遠慮がちに声をかける。瑠駆真は、もう一度息を吸った。
張り合うつもりも、争うつもりもない。
ゆったりと革張りの椅子に身を預け、窓ガラスの向こうを眺める。霞流慎二は、フッと笑った。
背後のノックにも、顔は向けない。
「木崎です」
「入れよ」
慎二の言葉に間を置かず、老人が扉を開けた。
「どうした?」
「今晩は、外出なさらないのですか?」
その言葉に、慎二はまた笑う。それは、どこか自嘲めいていて、その表情に翳りすら落す。
「はっきり聞くんだな。まぁお前は昔から、遠慮って言葉を知らないけどね」
「ありがとうございます」
嫌味を込めて恭しく頭を下げる。もう子供の頃から傅いてきた主人に対して、それは嫌味としか言うまい。
慎二は、礼を言われて椅子をグルリと回す。
「こんな時間においでなさるのを知ったら、智論様はさぞかし驚かれるでしょうね」
「知らせたのか?」
慎二の瞳が、すばやく動く。
「まさか」
木崎はゆるく首を振る。
「別段、伝える必要もございませんからね。それとも?」
口元が少し、揺れる。
「お知らせした方がよろしかったですか?」
「別に言ってもかまわない」
珍しく強気に出る相手に、木崎は頬を緩める。
本当に、珍しい
だが心内は吐露することなく、木崎はあくまでゆったりと答える。
「私をそのような人間だとお思いですか?」
「いい加減、その気取った言葉遣いは辞めろ。気色の悪い」
「それは慎二様も同じでしょう」
間髪入れない。
「昼間はずいぶんと紳士的でしたね。いや、昨晩からと言った方がよろしいですかな? それこそ智論様がご覧になったら、即倒なさるかも」
「何が言いたい?」
まわりくどい相手に多少苛々した様子で、ジロリと睨む。
「何が?」
惚ける相手に、苛立ちは増す。もはや笑う余裕すらもなく相手へ鋭い視線を投げる慎二を、木崎はしっかりと受け止めた。
年の功か? 主従関係であろうと、今は木崎に分があるようだ。
しばし沈黙。我慢しきれず口を開いたのは、やはり慎二。
「あの親子、特に娘の方には世話になっている。彼女のお陰で、朝夕の駅舎の施錠から開放された。彼女の恩恵を一番強く受けているのは、お前じゃないのか?」
「ごもっとも」
「だったら、困っている彼女に手を差し伸べるのは、おかしなことか?」
「おかしくはございません。些か度が過ぎているようにも思えますが、慎二様のなさったことに、間違いはないと思っております」
「それなら、何が不満だ?」
「不満なのではありません。不思議なだけです。慎二様が、女性に対してあれ程までに優しく接する方だとは、思いませんでした」
その時間はごく刹那。二人の視線が火花を散らす。
いや正確には、慎二の鋭い視線を、木崎が真正面から受けただけ。
「何が言いたい?」
「それは、ご自身が一番お分かりのはずです」
「わからないな」
意地の悪い言葉に、木崎は俯いて真顔に影を落した。
「母親の方は些か問題もあるようですが、娘の方は普通の高校生のようです」
「そのようだな」
「慎二様がお相手をされるような方ではありますまい」
………
「お金を出して買われるような相手ではありません。そのような扱いをしてはいけない」
「俺は、金で女を買った覚えはない」
向けられた視線は、虚けのような先ほどまでのとは比べ物にならないほど、強い。
木崎はチラリと視線を受け止め、再び俯いて唇を噛んだ。
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